――壬生から追い出されたあいつが…その…なんとなく心配で…




 ――姉貴分としては放っておけなくて、辰伶にも内緒で出てきた。




 ――今となっては後悔……全然見つからない発信機を付けとくんだった。





 天守閣から見下ろす風景は鮮やかな緑と山ばかり。

 両手を前に突き出すと、そこから風の流れが分かる。ここの風は荒い。

 自分の周囲に渦を巻く風は次の瞬間には薄暗い雲の中へと消えていく。





 ――…風が乱れててわかんない……雨が降るからかな…













雨と風と再会の鈴

















    風が……呼んだ気がした。




 今にも雨が降りだしそうな変な色の空。
 
 例の一行は緑生い茂る山道をひたすら登っていた。




 「なぁ、本当にこっちでいいのか?その悪党の住処ってのは…」
 
 「しつこいわねぇ。私がそう言ってるんだから間違い無いのよ!」



 先頭を行くアキラと灯が今日何回目になるか分からない会話を繰り返す。





 街道から灯の独断で山道とも獣道ともつかないところに入りこんでから大分経つ。

 一行は路銀が底をついたためにこの辺一帯を縄張りにしている山賊から

 金と酒と雨がしのげる場所を強奪するためにひたすら歩いていた。





 「大体、雨が降ると髪が濡れるとか言って…わがままだよな」

 「何アキラ、あんた私にたてつく気?」



 怒気を増した灯の声にアキラが怯む。

 これまでに何度アキラの秘密が暴露されただろうか。

 当の灯りの方もネタが尽きてきた。





 「……誰か呼んだ……?」



 今まで暗い空を見上げていたほたるが突然切り出した。




 「…はぁ?誰も呼んでねーよ」
 「…はぁ?誰も呼んでないわよ」



 灯とアキラ同時に切り返す。半ばやつあたり気味に。




 「とうとう、おまえもあの世から呼ばれるようになったか…」


 「オレはてっきりてめーが先だと思ってたぜ、梵」



 数秒の沈黙の後、狂が刀を抜く音が聞こえたが

 そんなことには一切かまわずにほたるは一点を指し示す。




 「あっちの方から呼ばれた気がした…。」





 そこには古ぼけた三層からなる天守閣。

 本丸はどこにも見当たらず天守閣本体も半ば以上が崩れている。

 崩れ方も人為的な物があり、どうやら攻め滅ぼされた城の名残のようだ。





 「…ほたる、おまえって霊感とかあったっけ?」



 いてもおかしくなさそうな天守閣を前にアキラが尋ねた。




 「……さぁ…?」



 そう言うと一人すたすた歩いていってしまった。

 仕方なく一行が後を追う。

 ちょうど雨がぽつぽつ降り始めたころ。











 今はもう真っ黒になった雲から雨粒が絶え間なく落ちてくる。

 激しく短い夏の雨。



 少し待てばまた晴れる気まぐれな天気には顔をしかめる。

 しばらくは雨を無視して風を操っていたが、

 大粒の雨にそれも困難になってきたので中止した。




 「折角登ったのになぁ…仕方ないか。」





 登ったからにはいずれ降りる運命なのだが、今日は少しついていなかった。





 雨で濡れた瓦は思ったよりも滑りやすく

 案の定、踏み出した足は体を支える前に行き場をなくしバランスを崩す。



 「うわっ!」



 前のめりになった体を支えるために手を着くとそのまま屋根瓦を蹴る。

 体は綺麗に弧を描いて屋根瓦の端に着地。




 「この程度じゃ私は転ばなっ…!」



 今度は屋根が崩れた。雨と急にかかった重みのせい。



 「おっとっ!!」




 しかしこれも崩れ落ちる寸前にかわし、目の前にあった巨木に手を伸ばす。



 戦乱の業火にでもさらされたのだろうか。

 見事な枝振りが良く見えて、それが真っ黒になり風雨に耐えていた。



 右手一本で体を支え宙吊りの状態。

 あの一瞬の内に比較的丈夫そうな枝を選んで掴まった。

 はとっさの判断力には自信があった。




 「はぁ…心臓に悪いって、え?!」



 突然大きな火の塊がのやや下辺りに勢い良くぶつかった。

 たちまち炎の木と化した巨木から逃げるすべもなく、

 再びの業火に耐えきれなくなり掴んだ枝から嫌な音がした。



    バキッ…



 「そんなぁぁぁ……」



 ついてない…。

 自分まで燃えない様に風で炎を除けるのが精一杯で後の事は良く覚えていない。

 ただ真っ赤な世界へと墜落していった。








   時は少しさかのぼる。







 狂達一行はほたるを先頭に降り始めた雨の中、

 天守閣を目指して道無き道を進んでいた。




 まわりは良く成長した草達が雨に濡れてきらきらしているし、

 良く見れば雨の中の天守閣も風情がある。

 しかし、誰一人としてそんな情緒を楽しんでなどいない。




 「髪が濡れる〜、泥が跳ねる〜…」


 「…酒がたらねぇ…」


 「そもそも俺達は悪党のねぐらを探してたんじゃねぇのか?」


 「そのねぐらがわかれば苦労しねーよ。立て札ぐらい付けろっつーの。」


 「…水、嫌い…」





 さすがに慣れない山道を何時間もさまよった挙句、雨まで降ってきて、

 そしてまだ目的の金と酒と雨がしのげる場所を手に入れてない。

 皆、鬱憤がたまっていた。それこそ何かの拍子に爆発してしまいそうなほどに。

 それを裏付けるかのように、一行の顔には生気が無くただ怒りに燃えた瞳が

 らんらんと輝いていた。


 まさに飢えた鬼の行進かなにかのようだ。






 天守閣まではそれほど距離は無かったが

 雨と泥で着物はびしょびしょの真っ黒になっていた。


 皆は無言のまま天守閣に入る。とりあえず雨宿りをしに。




 しかし、そこには先客がいた。朽ちた壁の向こうから笑い声が聞こえる。



 「この前の狩りは大成功でしたねぇ」

 「あの村、貧相な割りに蓄えてやがってよ〜酒も食い物も上等だぜ」



 どうやらここは狂達が探しまくっていた山賊の根城のようだ。

 連中は酒瓶を持って縁側へ行きそこで宴会をはじめた。



 「この雨のおかげで涼しくなったし、今日は祝い酒だぁー!!」

 「おぉー!!」




 壁を挟んで反対側では鬼の群れが迫っていることにまるで気づいていない。



 「「「「「……」」」」」



 皆、眉をわずかに眉間に寄せて、壁の向こうを見据える。




 「酒、飲んでやがる」


 狂が無表情のまま刀を抜く。


 「宴会してやがる」


 梵天丸が静かにつぶやいた。


 「楽しそうねぇ…」


 灯の顔に暗い笑みが見える。


 「こんなところにいたんだ」


 アキラの双刀がきらめく。


 「雨降ったのあいつらの所為…」


 ほたるの刀が熱を帯びる。




 「ほたる、思いっきりやっちゃいなさい」


 「うん。」




 灯が顎で合図するとほたるが勢い良く刀を振り下ろす。

 三つの火の玉が前の朽ちた壁、縁側の酒瓶、少しそれて外の巨木へと飛んで行く。


 それが始まりの合図。


 それまでに抱え込んだ怒りは目の前の宴会に、山賊に向けて一斉に爆発した。









 着地に問題は無かったが、服がすこし焦げた。濡れた髪もすっかり乾いてしまった。


 が周囲を見渡すとそこには不可解な出来事が起こっていた。




 まず、恐ろしく腕の立つ紅い目の鬼が無駄のない動きで

 敵(だろうか?)を斬りまくっている。

 そして酒瓶を一つ一つ回収して回っている。

 「こんなイイもん飲みやがって!!」っとかなりご立腹だ。



 その隣りには筋肉にモノを言わせた戦い方をしているやつ。

 あれは闘うと言うより破壊している。人が壊れてゆく。

 突きを食らった人間がこっちにまで飛んでくる。

 「何てめーらこんなおいしい事してんだよ!

 おまえらの所為でオレ様はずっと荷物持ちだよ!!」


 やつ当たりか仲間割れのような気がする…。




 向こうの方では錫杖を手に女の子(だと思うんだけど)が

 ものすごい形相で相手を蹴散らしている。

 「大体、こんな変なところにいるから探すのに苦労したんだよ!!

 雑魚は死ねぇ〜!!!」


 …女の子…だよね?





 「なにコソコソしてんだよっ!」





 視界の端にきらめく刃を見つけたのでは思考を中断する。

 横に飛んでかわしたが、髪の先がちょっと斬られた。すかさず腰の剣を抜く。


 二本の刀を構える少年。年の割りになかなかの良い太刀筋だった。



 「コソコソなんてしてないよ。今そこから落ちてきたばっかりだし。」


 「問答無用!!」



 顔が引きつっていてかなり怖い。

 なにも身に覚えが無くても謝ってしまいそうな雰囲気だった。



 『なんかしちゃったかなぁ?』



 一気に間合いを詰めて刀を繰り出してくる。

 一太刀目は右下から、それを剣で受けると左から突いてくる。隙のない攻撃。



 『なるほど、二刀流かぁ…。』



 の顔からふっと笑みがこぼれた。久々に楽しめそうな戦いだったからだ。


 二太刀目は避けきれないので止めることにした。


 顔面に迫っていた刃先を左手の人差し指と中指で挟む様にして止めた。

 それと同時に右手を払い、相手の刀ごとふっとばす。


 力に自信は無いけど子供ぐらいならまだ勝てる自信はあった。



 しかし、すぐに踏みとどまって体制を立て直すのを見ると

 ただの子供じゃない…とそう思った。




 「あの…私何かした?」



 はどうなっているのかさっぱりだったし、

 この少年がまだこっちを睨んでいるのが怖かった。


 とりあえず、面白そうな戦いだがこれ以上少年を怒らせてはいけないと思った。



 「おまえも山賊の仲間だろ!?」

 「山賊…?って…」



 周りを見渡すとあらかたは逃げたか殺されたかしていて立っているのは

 とアキラと狂と梵天丸、そして灯とほたるだけになっていた。



 「山賊って…残ってるほう?死んでるほう?」



 は心底疑問に思った。さっきまで観察していて思ったのは仲間割れだったから。




 「残す山賊はてめえ一人だ」



 例の鬼が血みどろの刀を担ぎながら言った。



 そして、その隣りに見た顔があった。

 なんだか難しい顔をしてこっちを見ている。




 「あ!!ほたる!」




 当のほたるはまだ難しい顔をしている。




 「…てめえの知り合いか、ほたる?」



 鬼が隣りを向いて尋ねる。



 「むーーー。見た顔。いつ出てきたの?」

 「ん〜っと…1ヶ月ぐらい前。」



 見た顔ってのがほたるだなぁっと久々の再開に微笑む。



 『名前、また忘れたの…??』


 「てめえ無視して話を進めるなよっ!!」



 さっきの少年がまた向かってきた。



 「あっ、アキラ」



 ほたるの呼び掛けと同時には振り向き剣に風を集める。

 それを下から振り上げる様にして剣を払うと、地表を滑る風がアキラに襲い掛かった。



 「うわっ」



 風の威力は押さえてあるので皮が少し切れるくらい。それと少し砂が目に入る程度。



 「は弱くないよ〜。」




 アキラには届かなかったほたるの忠告。

 目が赤くなっているアキラが一言。



 「くそっ…!!ほたるどう言うことだよ説明しろよっ!」


 「そうよ、ちゃんと説明しなさいよ」


 「あいつはおまえのなんだぁ?」



 ほたるの周りを梵天丸、灯、アキラが取り囲む。狂はとりあえず酒を飲んでいる。



 「ん?…、思い出した。で、オレの姉…。」

 「半分だけね。」



 ほたるの説明にが補足をいれる。

 父親は同じだが母親が違う。正式なものでもないし、知っている者は少なかった。

 隠し子みたいなものだ。



 それを聞いた四人の視線がほたるとを行き来する。





 「「「「……似てない……」」」」



 「「兄弟なんてそんなもん」」




 良く言われるので自然と返事がそろう。


 そう言えば先ほどから雨も上がり空には晴れ間が見えてきた。

 本当に短い雨だったがそれなりに楽しかった。




 「そうだ、酒があるよ飲む?」

 「うん!さっきので喉かわいたし。」



 酒瓶をもらって酒を飲んでる姿を見て、完全にではないが気を許してくれた様だ。




 「外見は似てないがすることは一緒だな…」


 二人並んで手酌で酒を飲む姿を見て梵天丸が考え深そうに言った。



 「「…そう?」」


 「間の取り方が一緒だな」



 しかめっ面のアキラが言った。こちらの視線はチクチク痛い。


 「あははっ、まぁそんなものだよ。」




 束の間の雨がもたらしたこの出会いは、なかなか楽しかった。

 ほたるがどうしてるのか気になって出てきたけど

 こんなに楽しい仲間に会って一緒に旅をしていたのかと思うと少し安心した。



 その日はもう雨は降ることも無く夜中まで話題が尽きることも無く、

 ひたすら飲み明かした。







 「そうだ、途中この辺でオレのこと呼んだ?」

 「うん。でも全然わかんなくて…これ渡すの忘れてた。」



   チリンッ…



 黄色の紐に付いた小さな銅の鈴。



 「発信機。もう探すの面倒だからこれ持っててね。」



 鈴を受け取るとしばらく眺めていたほたるがおもむろに口を開いて言った。



 「…付けるとこ無い。」


 「…帯に挟んでおいたら…?」



 さらに夜が更けていく。










― 迷いごと ―

自分の好きなように書きました(爆)
すみません。これ書いてるときは楽しかったです。ハイ。
でも長いですね、これ。
背景黒いので目が疲れてると思います。お疲れ様です。
ここまで読んでくださりありがとうございます。(ぺコリ)

最後まで読んでくださった方に特別に
「辰伶兄貴の苦労日記」
お話とちょっずつリンクしてます。(本当にちょっと)
興味のある方はどうぞ。


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