――生まれて初めて見る町。




 ――生まれて初めて行った場所。




 ――生まれて初めての桜。






















時狂いの桜


〜 予感 〜




















 「うっわぁ〜……。」



 町の中心にある大通りを忙しく行き交う人々。


 色とりどりの工芸品を売る店。





 旅人が多く出入りする宿場町の活気あふれる風景にはただ歓声を上げるだけだった。





 壬生の城下町に立ち入る事を禁止され、

 樹海の中を追手から隠れる様に生きていたにとって

 『町』と言うものを見るのは生まれて初めてだった。





 「うわぁ〜………。」

 「そんな大口開けてるとごみが入るわよ?」



 感動の余韻に浸っているところを灯が冷たくあしらう。

 灯の忠告を聞き入れ口は閉じたもののの目は今だ輝きを失っていない。

 自分の目の前を忙しそうに通り過ぎる人々を見逃すまいと必死に目で追っていた。





 「ったく、こんな人ごみのどこが良いんだぁ?」

 「全くもって同感。」



 1歩、歩くごとに誰かとぶつかる梵天丸と今日の荷物持ちのアキラが

 面倒だと言わんばかりの顔で聞き返す。



 「何言ってるの君達、これは“活気がある”っていうんだよ!」



 は目をきらきら輝かせて梵天丸達の方へ振り返る。

 いつも以上に無邪気なに返す言葉が見つからない。



 「「………そうですか…」」



 二人はあきらめた様にそうつぶやいた。





 「ねぇ、。」

 「何?ほたる。」



 突然ほたるが横からひょっこり顔を出してに素朴な疑問を投げかけた。




 「町が初めてってことは、こっちに出てきて寝泊りとか食事とかはどうしてたの?」

 「ん〜…しかたがないから自分で狩ったり、そのへんの物を……。

   あっ!でも寝るのは木の上だから大丈夫だよ。」


 「…あ、そう。」

 「お前はサルか…」

 「…本当ね。実は野生だったのね、って」

 「っていうか木の上だから大丈夫とかそう言う問題じゃねーだろ。」

 「オレはお前の食生活がおかしいと思うぞ」




 一斉に皆から否定された。狂と灯の中では早くも野生の像が完成しつつある。




 それを聞いて不服そうにが一言。



 「あれ?皆そんなのじゃないの?」

 「「「「「………う〜ん………?」」」」」






 確かに狂一行は寝るのはほとんど野宿で酒以外は自給自足。

 この中に限ればそうとも言えるが一般常識としては少し違う。




 「うん、そうかもね…。寝るなら木の上だよね。」

 「ね?そうでしょ。」




 いち早くほたるがその問題に終止符を打った。



 その後、とほたるは木の上は安全だとか高いところは気持ちが良い等と話し始めた。


 こんな人ごみの中を誰ともぶつからずに二人はスイスイ進んでいく。

 今度の話のネタは昼寝についてに変わっていた。






 「…今やっと分かったんだけど、あの二人はずれ方が一緒なのね…」



 ほたるの揺れる三つ編みとその横ではしゃぐを見ながら灯がつぶやいた。



 なんと言うか、外見の違いからあんまり姉弟だとは思わないが

 いざこうして話し始めると、どうも話が噛み合わなくなっていく。

 それがほたるとだとその“噛み合わない”具合が一緒なので

 会話がきちんと成り立つと言うのである。




 「…あぁそう言えば。寝る場所はどうでも良いよな…」




 珍しく狂が灯に相槌を打つ。





 性格もちぐはぐなのに良くつるんでいられるなっと狂は密かに思う。

 そう思った後で気づいた。




 『別にあいつ等に限ったことじゃねえか……』




 らしくないことを考えてるなと狂は半ば嘲笑気味に思った。





 「あぁ〜狂、今なんか難しい事考えてるでしょ〜」




 横から灯が面白そうに狂に茶々を入れる。

 それを聞いて狂は少し渋い顔をした。




 それを見た灯がまた何か言おうとしたがそれは梵天丸に阻まれた。



 「なんでもいいけどよ〜早く宿に行こうぜ…」

 「もう…オレ、荷物持てない……」



 疲れ果ててどんよりしているアキラと堪忍袋が切れる寸前でげんなりしている梵天丸。

 二人の提案を聞いて宿に向かうことにした。





 「それじゃぁ、ほたるとは……?」





 砂埃の舞う大通りの中から何時の間にか二人の姿は消えていた。

 あたりには店から聞こえる客引きの声だけがいつまでも残っていた。














 「ん?なんか狂達とはぐれちゃった?」




 後ろを振り向いても誰もいない事に気が付いたが会話を遮った。

 二人は大通りを何とはなしに歩いてきたのだが

 いつの間にか狂達を置いて来てしまっていたようだ。



 「「……まぁ、いいか……」」



 どこまでも楽天的なこの二人は焦ることなく会話を再開させた。





 「そう言えば、どうして出てきたの?」

 「え〜っと、探し物があったのと……もう一つは逃げてきたの」

 「誰から?」

 「……言わなくても分かると思うけど…」

 「あぁ、あの変態か。」



 ほたるは一点の曇りもない秋空を見上げて妙に納得していた。

 の唯一の天敵。小さい頃からの因縁だった相手。

 ほたるも幾度となくゴタゴタに巻きこまれた。

 いじめっ子が板につきすぎてもうどうしようもなくなってる相手だ。

 本当に二人にとっては不幸の象徴のような存在。






 二人はただ真っ直ぐ大通りを歩いてきたのでとうとう町の反対側まで来てしまった。

 そこには木で出来た門のような物があり、

 そのすぐ後ろには立派な桜の木が満開の見頃を向かえていた。



 「あそこにあるのは桜だよね。」

 「…うん」

 「今は秋だよね。」

 「キノコの季節だね」

 「なんで桜が咲いてるの?」

 「……さぁ…?」




 二人は一緒になって首をかしげる。


 桜は幹も太くかなりの年月を経ている事が分かる。

 枝は下のほうに長く伸びており枝垂桜の一種の様だ。

 そして秋のこの時期に花を咲かている。花の色は桃色がやや強い。

 後ろの山々のほんの少しの紅葉と澄んだ青空にこの桃色が良く映える。

 春に咲いた桜の花が散りもせずに秋までずっと咲いているような不思議な感覚。

 そこだけ時が止まっている様に見えた。






 「あぁ、その桜は“時狂いの桜”って言うんですよ。」




 町の一番最後にある茶屋。桜に一番近い店の女将がそう教えてくれた。


 人の良さそうな笑顔で二人を自分の茶屋に招き入れる。




 「ちょうどお彼岸過ぎぐらいから咲き始めるの。

   自分だけ今が春だと思っているんじゃないかって言うんで“時狂い”なんですよ。」



 それからにっこり笑ってお茶でもいかがですかとすすめてくる。

 中々の商売上手な女将だった。


 二人はお茶と団子を食べて店を後にした。



 「もう少し桜を見て行こうよ!」



 は珍しい秋に咲く桜を前にすっかり舞いあがっていた。

 しかし駆け出そうとしたところでほたるに腕を掴まれた。

 振り向くと真剣な表情でこちらを見ているほたると目が合った。




 「ほたる、どうしたの……?」

 「行かない方が良い。」

 「どうして?」

 「……なんとなく」




 ほたるの言動がいまいち腑に落ちないが珍しくほたるは真剣だった。

 予感でもしたのだろうとは思った。

 長い付き合いの中でこう言うときのほたるの勘が当たる事は良く知っていた。

 それに分かったと言わない限り腕は放してくれない。




 「うん、分かった。今日は止めとくよ」

 「…絶対?」

 「うん……。」





 分かったと言ったのにほたるはまだ腕を放さなかった。

 それどころかを引きずって来た道を戻り始めた。

 ほたるには桜への未練などこれっぽっちもない様だ。

 それでもは名残惜しい。

 今度皆を連れてこようと自分を納得させ後ろ髪を引かれる思いでそこを後にした。








 ほたるは決して後ろを振り返りはしなかった。

 それどころか妙な胸騒ぎを感じていた。



 『…桜がを呼んでた……』



 あの桜を見たときから変な感じはしていた。

 それがが駆け出そうとしたときに強く感じたのだ。

 まるで桜がが来るのをずっと待っていた様に。

 良くない事が起きるに違いないとほたるは確信していた。

 純粋にを待っていたと言うにはそれはあまりにも狂気を含んでいたから。

 その狂気がを連れて行ってしまうような気がした。



 『……嫌だ…』








 さっきからほたるが掴んだ腕が痛い。

 ほたるの周りの風が乱れ渦を巻いているのが分かる。



 『……なんか、怒ってる??』



 いつもふんわりと流れているほたるの風が今は不規則に吹き荒れている。




 『ん〜……さっきの団子が詰まってるのかな??』



 人の感情は風で手に取るように分かるのだが、

 なぜ怒っているのかなどの理由付けが全くもって見当違い。


 それでもは懸命にその場を取り繕うとする。



 「ねぇ、ほたる。」

 「…ん?」

 「お、お茶買ってこようか?」

 「なんで?」

 「だって具合悪そうだし……」

 「別にそんな事ないけど…」

 「え、じゃぁ……あ!わさびあるよ。お団子が甘かったんなら口直しに…」



 なぜか必死なにほたるは疑問を持ってはいたが

 とりあえずわさびと言うのでいると答えた。

 は待ってましたと自分の荷物の中を捜す。



 こんなときもあろうかとはわさびをストックしているのだ。

 唐突にわさびが食べたいと言ってきたほたるにないよと答えたとき、

 役立たずと言われたのが密かにトラウマになっているのだ。




 「はい!これっ」



 元気良く差し出された物体はボコボコ丸い形で黄色をしている。

 最初は芋の様に見えたが独特のすっとした匂い。



 「、これは生姜……」

 「?」

 「わさびはもっと緑色。」

 「……そっそれはぁ〜……あ〜あれだよ。突然変異!」

 「苦しくない、その言い訳。」

 「うぅっ……」

 「役立たず。」



 の心に傷が一つ増えた。



 そんな会話をしているうちに桜へのあの異様な不安は忘れてしまっていた。

 ただ単に遠ざかっただけからかもしれない。

 でもそれは錯覚に過ぎなかった事をこの後ほたるは思い知るのであった。





  TO BE CONTINUED ⇒





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