太陽は中天を過ぎ、この暑さも折り返し地点に入っていた。

 人里離れた山の中、そこかしこで蝉がうるさく鳴いている。





 勢い良く何かが迫ってくる気配を感じて蝉達は慌てて飛び去る。





 さっきまで蝉のいた木の枝は夏だと言うのに一瞬のうちに凍りつき、

 それを一陣の風が薙ぎ払っていく。





 「っ!!そっち行ったぞーっ!!」

 「えぇ〜?!!」





 獲物を追って邪魔な枝を凍らせては切り裂いていくアキラと



 先ほどからアキラが『そうじゃない』とか『何やってんだよ』等と

 怒鳴ってはいるが技そのものの連携は悪くない。






 氷の上を冷たい風が吹きぬけていく。






 それでも今日の獲物は逃げ足が速い。

 がなかなか追いつけない獲物に

 足が四本になるだけでこんなにも違うのかと疑問を持つほどだった。


 しかしこれだけの起伏を平気で走り抜けていく二人も

 また獲物にとっては疑問だった。





 しばらくしてアキラとのずっと前を走っていた獲物が突然向きを変えてきた。

 今度はまっすぐの方へ向かってくる。



 「…こいつ、曲がったり向き変えたり出来たんだ…」





 目の前の草むらが突然わかれ中から獲物の巨大イノシシが飛び出てきた。



 しかし、イノシシの奇抜な発想もこの二人には通用しなかった。

 アキラが氷柱でイノシシを貫いたのと、

 が考え事をしながら首を飛ばしたのは、ほぼ同時だった。



 体のほうは氷漬けで首はあらぬ方向へ飛んでいった。



















最初の晩餐 


〜 嵐の前の賑わい 〜



















 「うわぁ〜、涼しいぃ〜……」



 一仕事終えたが火照った体を冷やすために氷にくっ付く。

 冷気が頬の辺りからじんわり伝わってくる。

 ついでに風を送りこめば辺りは高原のような過ごしやすい大気に包まれる。



 しかしそれも束の間の安らぎに過ぎなかった。

 アキラがの頭を不機嫌そうに小突いてきた。



 「おい、。イノシシの頭は何処にやったんだ?」


 「……あっちの方……」



 はなだらかな斜面を勢い良く転がっていったイノシシの頭を思い出した。

 切り落とすことに専念したので飛んでいく方向まで気を配らなかった。



 「あのなぁ、別に必要じゃないけどあんまり考え無しに行動すんなよ…」

 「ん〜…必要無いなら良いじゃん」



 能天気に笑うと呆きれ気味のアキラの声が混ざる。

 どうもアキラはこの能天気な笑いに弱かった。

 もう少し叱ってやりたかったが

 何を言っても笑ってごまかすんだろうなと思うとどうでも良くなってしまう。



 怒る気が失せるような底抜けに明るい声だった。





 「ほらもういくぞ。イノシシ料理なら梵が泣いて喜ぶ。」

 「……へぇ〜、梵天丸イノシシ好きなんだ……」



 氷漬けになっているイノシシを見上げてがつぶやいた。





 暑さもピークを過ぎ、材料を手に入れた二人は

 自分たちが作った氷漬けの道を戻っていく。




 これから、更なる試練が待ち受けていることも知らずに……












 そもそも、アキラとがイノシシを追う羽目になったのは今朝のこと。





 「は〜い、今日の食事当番を決めるわよ〜!!」



 朝の澄み切った空気をめいいっぱい振動させて灯が皆を呼ぶ。

 手には鍋と木の棒。少し広くなっている草地の真中に立っている。

 何がそんなに楽しいのか、これ以上無い笑顔を浮かべて思いっきり鍋を叩いている。

 放牧に出した家畜達を呼び戻す風景と似ていた。





 「アキラは決定だからそこで見ててね」



 灯は振り向いて後ろで座っているアキラに声をかけた。





 狂一行の料理責任者は最年少のアキラだった。

 幼いころからこき使われて、一番面倒な料理はいっつもアキラの仕事だった。


 それも今では皆から「料理長」と謳われるまで上達した。

 山に行けば山菜おこわ、川に行けば魚を焼いて、海に行けば船盛り。

 漬物や味噌も自分で作り、アキラ特製秘伝のタレなどもある。



 まさに、アキラは料理長の座を欲しいままにしていた。




 そんなアキラの努力を称え、最近はお手伝い要員を加えることにした。

 本当は一日特にすることの無い者が暇潰しも兼ねていたりする。





 「はいはい、もこっちに来てっ!!」

 「…私も?」

 「どうせ、暇でしょ??」



 一同が集まったころにも呼び出される。

 皆輪になり寝起きのようなぼーっとした顔が並ぶ。



 「よ〜し、いいわね?…ジャンケンっ…ほいっと。」




 「「「「…………」」」」





 「おぉっ、勝ったぁ〜」



 が一人で歓声を上げる。がパーで他のみんながグー。



 「え〜っと、じゃぁ私はこれで一抜け……」


 「何言ってんだ。おまえが作るんだよ」



 当然だなと言わんばかりの狂。



 「んじゃ、よろしく頼むぜ〜」



 梵天丸は逃げる様にさっさと何処かに行ってしまった。



 「ふふふ、今のは料理を作る権利を勝ち取るジャンケンよ」



 不敵の笑みを浮かべたまま灯もどこかに消えていく。

 いまいち状況把握に時間がかかっているの肩を叩いてほたるが言う。



 「一人勝ちと一人負けはすぐに決定だから……」

 「基本的に働かないヤツらだからな」



 いつものことだという顔のアキラとほたる。

 はなんとなく損した気分になっていた。










 そんな訳でご飯係りの二人はおかずのイノシシをさっき仕留めたのだ。





 森の緑に囲まれて空には輝く太陽。

 木々の葉を通して降り注ぐ光の下でアキラ・

 そしてほたるも呼ばれての作業開始。





 刻み係りは。火をつけるのは手っ取り早くほたるに任せた。

 取締役はもちろんアキラ。





 鍋に水を入れてほたるが火をつけるのを見届けると、

 そのへんに生えていたイモの皮を剥きながらアキラが指示を出す。



 「とりあえず、肉は適当な大きさに切っとけよ」

 「はいはい…」



 腰の剣を抜いてイノシシに近づける。

 剣のまわりに風が収束し、渦を巻く。

 がイノシシを突つくと集まっていた風がふっとイノシシを包み込み消えた。



 「…なんで急に止めんだよ?」

 「もう切ったよ?」



 いぶかしげに問うアキラにが目をぱちくりさせて答える。

 が答え終わった時に前に置いてあったイノシシが半分に割れた。



 そしてそれがまた半分割れ、また半分とどんどん小さくなっていく……



   ザクッ、ザクッ……



 ひとりでに細かくなっていくイノシシ。



 しかし途中までは良かったのだがもう少しの所で急に弾け飛んだ。



  ブチブチ…バチンッ!!



 「やっぱり…獲物が小さいと手加減が難しいね…」



 最後には骨まで粉々になり肉は千切れて見るも無残な有り様になってしまった。

 は全く反省して無い様で「しょうがない、しょうがない」等と言っている。



 「って、これじゃぁ食えねーだろっ!!」



 すっかり小さくなってしまった肉を前にして料理長アキラが怒鳴る。

 肉は使い物にならないほどボロボロになり、骨も細かく裁断されていて

 食べたら骨の破片が刺さりそうだ。怒るのも当然。



 「……に、煮込めばくっ付くよっ」



 しかしは飛んだ肉を拾い集め、何を根拠に思ったのか分からないが

 さっさとそれを鍋の中に放りこんでしまった。



 「くっ付くわけ無いだろっ!!」

 「わわっ、ほたる早く蓋しちゃってっ」

 「…うん…」



   カポッ



 「おい、ほたるー!!てめーもグルだったのかっ!」

 「アっアキラ、包丁危ないよっ」

 「うるせーっ。誰の所為だと思ってるんだ!!

   細かいのは団子にするとか方法があるだろっ!!」


 「「……あぁ、なるほど〜…」」



 手を叩いて感心している二人を見てアキラが長いため息をつく。



 とほたるは閉めた蓋を再び開けて中を見てみた。

 案の定、肉はくっ付くどころが上の方にうすーく広がっているだけだった。



 「…もうそれはだしとって汁にするからそのまま煮込んどけよ…」



 やる気も失せたアキラが放り出していた芋の皮むきを再開させる。







 しかし、このイノシシ汁をに任せたのがそもそもの間違いだった。





 後からこの時のことを振りかえり、アキラが心境を語る。



 「ちょっと目を放した隙にあんなことになるなんてな…

   分かってたらそんなこと、任せたりなんかしねーよ…」





 一番近くにいたほたるが自分の不甲斐なさを嘆く。



 「…もう、大切なときにうたた寝はしない……」




   TO BE CONTINUED ⇒



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