〜 台風一過 〜 アキラが地味に芋の皮むきをしているときにはひたすら煮込に没頭していた。 もう、アキラにバカにはされたくない、失敗は許されないと意気込んでもいた。 だしには肉だけじゃ足りないのでアキラの芋を拝借。 後ろの草むらから先っぽの方がクルクル渦を巻いている植物を摘み取る。 たしかこんなのは食べれる草だったと思う。 他にも食べたらおいしそうな草花を発見したので入れてみる。 火は強火。火付け係りのほたるはうたた寝をはじめていた。 は淡々を煮込みの作業を進める。 最後の仕上げに味噌を入れれば味噌汁の完成。 「…うん上出来!」 少しすくって味見をしてみたが悪くない、むしろきちんとした味噌汁が出来た。 細かくなったイノシシの肉は旨みが汁に染み出していたし、 野草なんかも青臭くなくちゃんと味噌と調和している。 初めてにしてはなかなか美味くいった。アキラ秘蔵の味噌のおかげかもしれない。 これならイノシシのことは挽回できたとは満足していた。 火を弱めて一息つく。アキラのほうは慣れた手つきで芋を蒸かしている。 器用にもう一品作っている。あれは……そうめんだろうか。 ほたるはの隣りですやすや寝ている。 箸で何度も突ついたのだが全然起きない。 「…一緒に煮こんじゃうぞ、おい……?」 あまりにも幸せそうな寝顔につい羨ましくなった。 眠い……。人が寝てるのを見ると自分も眠くなってしまう。 汁も一段落したので一緒に寝てしまおうかと考えていると横から声をかけられた。 「あらら、眠そうね〜」 見上げると幹の後ろから灯が出てくるところだった。 「お料理大変ね〜。…?…これは何??なんか具が少ないわよ?」 「味噌汁。具はあんまり考えてなかったから…」 「そうだ!!さっき良いもの見つけたのよ。いれてみる??」 そう言って嬉々として灯が取り出したのは『鮎』 灯曰く、川に涼みに行ったときに 気持ち良さそうに泳いでいる鮎を見つけて無性に食いたくなった。 そこで釣りをしていたのだが一向に鮎がかからない。 辛抱し切れなくなり掴み取って来たのだと言う。 「ちょっと尻尾とか欠けてるけど、問題無いよね」 「うん、大丈夫。じゃぁ、塩焼き……?」 「折角なんだから一緒にいれちゃえ!!」 鍋の中に鮎が放り出された。 煮えたぎっている湯の中で鮎は激しく暴れまわっている。 イノシシの肉と熱湯が容赦なく地面に降り注ぐ。 そして鮎の欠けた尻尾と傷ついた体は見る見るうちに色が変わっていき、 それと同時に魚の動きも鈍くなってきた。 自慢の汁も鮎が暴れたので半分ぐらいになってしまった。 「ちょっ…ちょっと!!灯ちゃん何してるの!?」 「あははは〜っ、踊ってる〜!」 鍋の中で力尽きていく鮎を見て灯がはしゃぐ。 そんなに釣りで引っかからなかったのが気にくわなかったのだろうか。 そこにまたしても珍客が登場する。 「おぉ、楽しそうだな。ならこれも入れてみるか?」 梵天丸が見覚えのあるイノシシの頭を持って来た。 「そっ……それは……?」 「そこで拾ったんだ。イノシシは美味いぜ〜オレが保証してやる」 ボチャンと音を立ててイノシシの頭が鍋に放りこまれた。 もう少しマシな入れ方は無いのだろうか。 ただでさえ鮎の所為で少なくなった汁がまたどこかへ飛び散った。 少しの汁の上に鮎六匹とイノシシの頭がプカプカ浮き沈みを繰り返している。 「あぁ………」 『折角うまくいったと思ったのに…』 悲嘆に暮れるだったがこれで終わりではなかった。 追い討ちをかける最後の一人が酒瓶を手に現れた。 「なんだよこれは食いモンか?煮るならもっと水を入れろよ」 嫌な予感がした。 狂と目が合ったときについ酒瓶に視線を移してしまったから。 それに気づいた狂が『あぁ、これがあったか』と一人で納得していたから。 もう、分かってしまった。 次の瞬間には狂が酒を鍋にドバドバ注ぎ足していた。 「これが欲しかったんなら早く言えよ」 全部を入れ終わったところで水位はちょうど良い具合だった。 しかし酒がまずかったらしく急に鍋の水(酒)が沸騰して 白い閃光と共に鍋から火柱が立ち上り真上にあった木の幹や葉を焦した。 ほたるが起きたのは火柱が消えてしばらくしたころ。 話し声と焦げた匂いと妙な寒気を感じて目を覚ました。 アキラが気づいたのは後ろで爆発音を聞いたとき。 悲惨なイノシシが入っていた鍋が燃えあがりまわりに皆が集まっていた。 狂達三人は火を見てはしゃいでいたが、中に一人顔が固まっている人物がいた。 「またおまえかっ!!!」 邪魔な灯を押しのけてに近寄る。 名前を呼ばれて体をビクリと震わせてがアキラを振り返る。 アキラはがイノシシの次には鍋を破壊したのだと思いこんでいた。 「……えっと……これは………う〜ん、そのぉ…」 思考回路が正常に戻っておらず、 パニックになっているにアキラが捲くし立てる。 「イノシシの次には鍋かよっ!」 「えっ…違う……と思う……?」 「煮こみぐらい出来るだろ、このアホっ」 「っ途中からは…私じゃない……!」 「言い訳すんな、このっ……役立たずっっ!!」 最後の方アキラは頭に血が上って髪まで燃えるかと思うような有り様だった。 料理人の魂ともとれる料理道具だっただけに アキラの怒りはなかなか収まらなかった。 しかし全部が自分の所為ではないとしても 前科持ちのには応えたようでしばらく言葉を無くしていた。 ここでが底抜けに明るいあの笑顔を見せていたら、 アキラは許してしまっていただろうがの顔にその笑顔は無かった。 追い討ちをかけようとしたアキラの肩を控えめにつついている者がいた。 「あのぉ〜もしもし?お取り込み中悪いんだけど…」 灯がコソコソしながらアキラに話しかける。 横の梵天丸はバツの悪そうな顔をしているし、狂は無表情なままだがなんか違う。 三人の行動がよそよそしい感じだった。 「何だよっ」 「さっきのは…ちっとばかし言い過ぎじゃねーか?」 「鍋はたぶんの所為だけじゃねェぜ……」 どうもこの三人と目線が合わない。 アキラは直感的にこいつ等は悪いことをしたのだと思った。 「……?どう言うことだ?」 「途中から私達がお手伝いをしたのよ…の」 「そうそう、オレらで美味そうなもんを持ち寄って…なっ?」 「…ねっ!」 目線が上のほうをさまよっている。 かと思うと何やら目配せをしている。 『この二人が一番怪しい。』 梵天丸と灯は感情がすぐに顔に出る。 アキラもうすうす分かってきた。 「んで?何を持ってきたんだよ?」 「その…鮎を六匹ほど…」 「イノシシの頭を…丸ごと…」 「酒、注ぎ足してやった…」 「………」 アキラには用意に想像できてしまった。 最初の二人はちゃんとした食材だが、 こいつ等に限ってさばくと言うような芸は出来ないので丸ごとだろう。 がそれを見て驚いてる様が浮かぶ。 きっとこの辺で落ちこむなりしていたと思う。 決め手は狂で酒に火が引火してあんな風になったのだろう。 犯人は……狂か、じゃなかったのか。 「…狂、酒は燃えやすいから気を付けないとこうなるんだ…」 「あぁ、今回ので良く分かった」 「……ねぇ、なんか寒くない?」 下の方から声がした。草むらの上で寝ていたほたるが起きた様だ。 気づけばあたりが薄暗い。 嫌味なぐらい蒼かった空が暗くなったような気がした。 そして風が強くなっている。 もうびゅうびゅう吹き荒れて木の葉が舞っている。 髪の毛が風に引っ張られて痛む。 「……誰がを泣かしたの…?」 いままでのんきに寝ていたのに一番状況を把握しているのはほたるだった。 怪訝な顔で四人を見上げる。 「泣かしたって……?」 ほたるが指差す方向に目を向けるとそこの一部分だけが異様に暗くなっている。 この強い風もそこから渦を巻いている。 風と暗さで良く見えないがそこに人がいるのが分かる。 目を凝らしてみるとどうやらそれがで 地面に『の』の字をひたすら書いていた。 「…に意地悪しすぎちゃったかしら……?」 「イノシシは嫌いだったのか…?」 灯と梵天丸は出来心でをからかっただけだった。 でもならいっしょに楽しんでくれると思ったのだ。 裏目に出てしまったのかと思い意を決して嵐の中、のところへ行く。 「あの…ごめんね。出来心っていうか鮎は煮こんだ方が良いと思って」 「イノシシが首だけになってるからよ、美味そうだからつい…」 を挟むようにしてしゃがみこむ。 風に煽られながらもに謝る二人。 近寄るだけでも鬱になりそうな雰囲気に少々引き気味になってはいるが それでもがんばっている。 が『の』の字を書きながら言葉を返す。 「…別に…鮎とかイノシシが悪いんじゃないの……ただ……」 「「ただ……?」」 「…今度は刻んで入れようね……?」 「「…………はい。」」 すごい早足で二人が戻ってきた。 これもまたすごい早さで首を横に振っている。 顔が強張りすぎてこっちの方が怖い。 「「あっ、あれはじゃないっ!!」」 「なんか怖いのよ〜」 「これは酒が原因だ!オメーが謝ってこいっ!」 「オレが…?」 ブンブン首を縦に振る灯と梵天丸。終いには冷や汗までかいている。 二人に背中を押されて狂が仕方なくと言う感じで歩いていく。 「やっぱ酒はまだ早かったか?」 顔をのぞきこむ様にして狂がに話し掛ける。 手元を見ると指で何遍も書いたので『の』の字の溝が出来上がっていた。 「お酒は好きだから良いんだけど………」 「………」 「自信作を皆に食べて欲しかったな……」 「………」 狂もさっさとひき返してきた。 なにかを深く考え込んでいる様で眉間にしわが寄っている。 「ダメだ、おいほたる。おめー弟だろ何とかしろ。」 「…うん。分かった…」 ほたるはの傍まで行くとそこにしゃがみこんでいた。 吹き荒れる風の中三つ編みをそよがせてしばらくじっとしていたが すぐに戻ってきた。 「…何するんだっけ…?」 「……いや、もうイイ……」 四人はほたるが何とかしてくれると期待していたが ほたるの性格を考えればこうなることは分かっていた。 さっきよりは幾分風は和らいだ様だがまだの周りは暗くなっている。 このまま放っておいたら雨でも降り出してしまいそうだ。 青空は今では見る影もなく厚い雲に覆われ始めていた。 残された五人は途方に暮れていた。 を元に戻そうとは思うのだが良案が浮かばない。 「私達がダメだったってコトは原因はアキラよ。」 「やっぱりあれは言い過ぎだったんじゃねーか?」 「ほたるも使えなかったとなると残るのはおまえだけだぜ、アキラ」 「はああなると大変だから……」 「うっ………」 アキラも自分が原因かもしれないことは感じでいたが 目の前の渦を見るとかける言葉が見つからない。 それでも灯が無理矢理背中を押すからしぶしぶ嵐の中を進む。 近くまで来ると思ったより風が強かった。 とりあえず、どんよりしているに謝っておく。 「その……悪かったよ、ちょっと言いすぎた…」 「ううん……別に本当のことだし……」 「いや、狂達が悪いのは分かってるんだ」 「でも、イノシシはさ……」 やりにくい。なんだかいつものじゃない。 雰囲気が暗いだけなのだが全然別人みたいだ。 アキラにはこれを元に戻せる自身はさらさら無かった。 助けを求めようと皆を振り返ると 無責任にも手を振ってたり、がんばれなどと元気良く応援している。 『あいつらシメる…』 密かな復讐を心に誓う。 「イノシシとかそんなの気にすんなって、料理に失敗は付き物だ」 「そうかな……」 「最初から上手く行くヤツなんてそうそういねーよ」 「………」 「オレだって何回失敗して死にそうになったことか……」 何でもいいからに自信を持ってもらおうと誉める。 思いついたことから全部誉めちぎってみる。 「あっあのイノシシのさばき方はすごかったよな。何て言うか神業?」 「………」 「え〜っと、オレには真似できねーよ。は才能がある!」 「………」 「きっとすごい料理が作れると思う!!うん…」 「……本当?」 「これからがんばれば一流になれるぜ!絶対。」 「……また作ってもイイの?」 「何言ってんだ、当たり前だろ。」 「本当?!もうアキラ作らせてくれないかと思った。やったー」 「……え?」 瞬間的にまわりが明るくなった。風も穏やかになった。 はただ料理を作りたかっただけみたいだ。 なんだかうれしそうにクルクル回っている。 これでいいのかとアキラは疑問に思った。 こんな単純でいいのかと。 アキラは誉め慣れていないので誉め方に無理があったのだがこれでいいのだろうか。 むしろあんな誉め方で復活してしまったが分からない。 『能天気と言うより実は……単純バカ……?』 いつもの太陽よりも明るいあの笑顔が復活していた。 散々はらはらさせた原因の種はのんきに 「おなかすいた〜」と蒸かし芋のほうに走っていく。 アキラはそうめんを途中で放り出していたことを思い出した。 なんか最後の最後に余計なことを言ってしまった気がする。 料理はあんまり期待してないのだが…… でももうどうでもいい。 やっぱりあの笑顔には弱いんだ。何でも許せてしまう。 一陣の風がアキラの頬を撫でる。 空にはまた蒼色が戻ってきていた。 END |
- 迷い事 -
ややアキラより?な感じです。
最後の後編が結構長くなってしまったので
ここまで読むのお疲れ様です。
お料理ネタは結構すぐに思いついたんですが
書いてくうちに難しさがひしひしと・・・・
イノシシ料理の作り方を調べましたよ(汗)
最後の方は短くし様と焦ったのが分かっちゃいますね。
う〜ん、勉強不足です。ハイ。