「お腹すいたよ〜。」

 「ゆんゆんお腹すいた…」



 遊庵の家に居座って食べ物をせがむ二人の雛。

 正月早々食うに困ったとほたるは遊庵を頼って

 豪華料理をいただくと言うどうしようもない計画を実行中。





 「今そこでおせち料理拾ってきたからこれでも食うか?」

 「「…豪華おせち料理?!」」



 遊庵が運んできたのは中に豪華なおせち料理が詰め込まれ、

 朱塗りに松や梅などが描かれている見事な重箱だった。

 その中に一際目立つピンクのキノコが二つ、梅の形に切り取られて入っていた。



 拾ってきたものを食べてはいけないということを三人はまだ知らなかった。



 そして、食べてくれと言わんばかりのキノコを疑うほど満腹でもなかった。
















おせち料理でバカップル

〜 うれし恥かし初詣 〜

























 新年と言えば初詣。

 ここ壬生にもそういう習慣はあり、小さな神社に眷属達もみな詣でに行く。



 赤い晴れ着に身を包んだ歳世はいつになく気合が入っている。

 それは歳子の目から見ても文句の付けようがないくらい完璧だ。

 せんべいをかじりつつ、歳世がかんざしの位置を直すのを見ていた歳子は

 からかい半分で尋ねてみた。



 「今日は辰伶とでーとですか?」

 「えっ、いや……別にそういうのでは……!」



 一瞬にして顔が赤くなった歳世をみて気を良くした歳子は続けて

 「待ち合わせ場所は何処なの〜?」っと探りを入れたが歳世に逃げられてしまった。



 「辰伶のことだから待ち合わせ時間前には来てしまっているはずだっ。」



 っと慌しく出ていってしまった。



 「つまんないのぉ〜…」










 待ち合わせ時間の三十分前。

 壬生神社へと続く参道の門前で二人は待ち合わせをしていた。

 絶え間ない人ごみを掻き分けて歳世はようやく門まで辿り着いた。

 さすがに辰伶も三十分前には来ていないだろうという歳世の予想は見事に外れてしまった。

 正月と言う事できちんとした格好の辰伶がもうそこにいた。





 「すっすまない。待たせてしまったか?」

 「いや、いま来たばかりだ。」

 『辰伶…こんな私を気遣ってくれるなんて…。』



 歳世は正月から辰伶に会えて幸せを噛み締めうっかり涙を流すところだった。

 そんな歳世を辰伶が「行こうか」と促す。

 その辰伶の声に混じって何処からか聞き覚えのある声が聞こえた。





 「うわぁ〜初詣って始めて。」

 「今時珍しいな、いままで正月は何してたんだおまえ?」





 声の方へ振り返った歳世は思わず辰伶の袖を引っ張って呼び止めてしまった。



 「し、辰伶…!」

 「どうしたんだ歳世?」



 歳世が指をさすのと同じ方向に辰伶も目を向ける。

 そこには並んで歩くと遊庵の姿があった。

 そして二人の姿が見えたかと思うと急に辺りが薄暗くなり始めた。

 曇ってきたのか、あるいは自分の目の錯覚かと

 辰伶と歳世はせわしなくあたりに視線を向ける。

 そしておかしな事に気づく。

 なぜか遊庵との回りだけ妙にキラキラ明るいのだ。

 ちょうど舞台上の役者にスポットライトが当たるような

 そんな輝かしさの真中に二人は立っている。

 そして何処からともなく悲しげな音楽が流れ始める。





 「「…?!」」



 うろたえる二人に構うことなくあたりはどんどん薄暗くなり、

 ピアノの音があたりに浸透していく。





 「ここれだけ混んでるとはぐれちゃいそうだね…。」

 「なーに、そのときはオレが必ずを見つけ出してやるよ…。」

 「ゆんゆん……。」

 「オレ達はいつも一緒だぜ。」





 ひしっと手を取り合って見詰め合う二人に明るい光が注がれる。

 音楽と二人の台詞が溶け合い、

 恋人同志の別れのような切ない雰囲気がその場を満たす。

 そしてなぜかこの光の中には二人以外は入れないらしく

 眷族達で込み合っているはずの参道もそこだけは二人だけの世界を作り出していた。

 しかし、うっとりと見詰め合う二人にはそんな回りの景色も見えていない。

 それを呆然と見詰める辰伶と歳世の視線にさえ気づかない。

 歳世は顎が外れるかと思うほどの驚きを呑込み、勇気を出して隣りの辰伶に問いかける。



 「し……辰伶。あれは誰だ?!」

 「オ、オレにはと遊庵様に見えるが……?」

 「…なんだあの光は?!」

 「……きっと目の錯覚だ……。」





 いつもは冷静な二人もあまりの事態に思考がまとまらず瞬きすら忘れる始末。

 そして未だ手を取り合って世界に浸っている二人を凝視していた。

 酒の所為でもなさそう。病気にかかるほどやわな二人ではない。

 いつもは笑顔だけがとりえの問題児が可憐な少女に変身し、

 頼りになる兄貴分の遊庵がどこぞの王子のような振る舞いで女の手を取る。

 これは天変地異の前触れなのか……。



 「「「…ありえない…」」」



 つい言葉に出してしまった二人の台詞は思いがけず第三者の言葉とも重なった。

 辰伶からは歳世を挟んで向こう側にその人物はいた。

 腕を組み、いつになく眉をひそめておかしな二人を凝視している。



 「大変な事になっちゃった…」

 「「時人様!?」」





 改めて辰伶達の方へ振り向いた時人は柄にもなく焦っている様だった。

 忌々しいとばかりに唇を噛み締めていた。



 「選りによって遊庵とだなんて……恐るべしピンクのキノコ…。」

 「「…ピンクのキノコ……??」」



 二人はまず突然現れた時人に驚き、

 その口から発せられた奇妙な言葉をうっかり反芻してしまった。

 辰伶と歳世が完璧に同じ反応を見せるので時人も先ほどまでの焦りを忘れ、

 もう少し驚かせてやろうと新たな事実を二人にもたらした。



 「吹雪さんの髪の毛にピンクのキノコが生えててさぁ。笑っちゃうよねぇー!」

 「「はぁ?」」

 「あのもさっとしたのがキノコに調度良い環境だったのかもね。あははははっ!!」

 「「………」」



 お腹を抱えて笑い転げる時人を見て二人は言葉を失った。

 長年吹雪のそばにいた辰伶だったがそんなキノコは一度だって見た事がなかった。

 探そうとも思わなかったので見つけられなかっただけかもしれない。

 吹雪の髪にピンクのキノコが生えてる様はあまり想像したくなかった。



 『…よりによってピンク……。』





 しかしここで黙ったままでいるわけにはいかない。

 いまは吹雪の頭よりいちゃつく二人を何とかする方が先決だ。

 まだ二人を凝視している歳世に構わずに辰伶は時人に新たな質問を投げかける。



 「で、そのキノコはどうされたのですか?」

 「もちろん。おせち料理にして遊庵のうちに届けておいたよ。」

 「……それを食べたらあんな風になったっと言う訳ですか?」

 「うん、こんな事になるんだったら僕が食べるんだった…。」



 ここまでは吹雪にキノコが生えてる様を思い出してぷぷぷっと笑っていた時人だったが

 最後は溜め息をついてうつむいてしまった。

 最近特にお気に入りのをキノコを食べたぐらいで遊庵に盗られるとは

 夢にも思わなかったようだ。

 原因はそんな物を食べさせた自分の方にあるのだが、

 そんな事には構わずに間違った憎悪が遊庵の方へと向けられる。










 そんな時人の黒魔術から逃げる様に遊庵とは仲良く境内の方へを進んでいった。

 そんな二人を追う様にスポットライトも移動する。依然音楽は何処からともなく聞こえてくる。





 「どうやらあの光と音楽はピンクのキノコの効果みたいですね。」

 「しかもあの中には誰も入れないらしいな…。」

 「なんかあの二人、手ぇ繋いでない…?!」



 歳世と辰伶の真面目な分析の結果。

 音楽や光、そして異常に熱熱な二人はピンクのキノコの作用だということがわかった。

 しかし時人はそんな事には全く興味を示さずひたすら二人の行動を監視している。

 いい加減、時人に自分の悪戯が引き起こした悪夢だと言う事を注意しようと

 辰伶と歳子は目線で訴えかけるがまるで効果無し。





 そして相変わらずの人ごみの中、相変わらず熱苦しい二人は

 回りの非難の視線も気にせずに賽銭箱の前で

 どちらが先に賽銭を入れるかで譲り合っていた。

 賽銭箱の回りが光であふれ、音楽も切ない曲から流れるようなゆったりとした曲に変わる。



 「おい。こーいうのはレディファーストっていってお前から先に入れんだぜ。」

 「ゆんゆんより先だなんて…悪いよ。」

 「遠慮する事はねーだろ?オレがいいっつてんだからよ。」

 「だってゆんゆんの方が偉いんだし…。」





 『遊庵様の口からそんな言葉を聞くとは…!』



 遊庵の恐ろしい発言の連続で辰伶の口は閉じる事を忘れ、





 『……世も末か…?』


 そんな二人を見て歳世の腕に鳥肌が立つ。





 『…遊庵、にくっ付き過ぎじゃない?』



 時人は二人の仕草や発言よりも距離が気になるらしい。

 散々譲り合った末、二人はやっと平和な解決策を打ち出した。



 「分かった。こーすりゃいいんだよ。二人一緒に入れればいいんじゃねーか?」

 「そうか、すごいゆんゆん!!」

 「そうだろ、惚れなおしたか?」

 「うん!すっごくカッコイイよ!!」



 そう言うなりはぎゅっと遊庵に抱きつく。

 抱きつかれた方の遊庵もそれに応じるかのようにの頭を撫でる。

 とっても幸せそうな二人には照れと言うものが微塵も感じられない。





 『…だんだんめまいがしてきた……』

 『だ、大丈夫か辰伶!しっかりするんだ。』

 『バカ遊庵……絶対殺してやる……。』





 箱の中に賽銭が落ちてゆく音が同時にした。

 その後でかしわ手を打って二人が願い事をしする。

 その後ろでは時人の黒い揺らめきが頂点に達しようとしていた。




  TO BE CONTINUED ⇒



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