〜 止められない止まらない 〜 願い事を終えた遊庵とが辰伶や歳世、時人の方へ来る前に 三人は神社の建物の方へ移動する。 切れ気味の時人は辰伶に引きずられながら。 顔をつき合わせて三人が丸くしゃがみこみ作戦会議が開かれた。 『一体どうすれば良いんだ…っ!』 『遊庵のやつ僕のになんてことを……!!』 『時人様、これはあなたが蒔いた種ですよ。』 『そうですよぉ〜時人さんがやっちゃったことでしょぉ〜?』 『…おせちにわさび入ってなかったし……』 っとそこに三人しか居ないはずの輪の中に突然別の影が乱入した。 それはせんべいをパリポリかじっている歳子と かまぼこ持参で駆けつけたほたるだった。 「螢惑!おまえは遊庵様のところに居たんじゃなかったのか?!」 「うん。居た…。」 「歳子!!今日は見るテレビがあるんじゃなかったのか?!」 「それは明日だったんですよぉ〜!」 思わぬ闖入者に戸惑いの色を隠せない辰伶と歳子。 しかしそれをさらっと受け流して一番まともな質問をしたのは時人だった。 「…んで、何しに来たの?」 その言葉に我に返った二人が能天気な新参者を見る。 三人は目を細め「どうせ暇だったんだろ…」とかなり二人を疑っている。 そんな三人に歳子が明るく答える。 「螢惑に言われて二人を元に戻しに来たんですよぉ〜。」 「変なキノコ食べてから二人がおかしくなって……。」 「「「…!」」」 二人の意外な言葉に耳を疑う。暇だからではなかった様だ。 ほたるの言うキノコは間違いなく時人の仕組んだあのピンクのキノコのことだろう。 「そのキノコは、きっと『あなたに首っ茸』です〜。 ピンク色をしていて主な生息地は吹雪さんの髪の毛の最深部となっております。」 「……歳子、冗談を言っている場合ではないぞ…。」 「…冗談じゃないよ、薬も持って来たし…。」 ほらっとほたるが差し出したのはこれまたキノコ。 形は丁度しめじのような感じだが色が輝くばかりのエメラルドグリーンをしている。 「…螢惑これはなんだ?」 「『ジメしめじ』…。」 「…?」 「えーっと補足しますと、ひしぎさんの部屋の隅っこによく生えていて 『あなたに首っ茸』の作用をじめじめ〜っと治してくれるんですぅ。」 「…歳子。僕達をからかってるの??」 「えぇ〜!!違いますようぅ!!」 いまいち説得力のない歳子の説明としめじを興味深そうに眺めているほたるを見比べて、 三人はいったん収まりかけたパニックが再発してきた。 ――歳子は何故、こんなにキノコに詳しいのだろう…? 新たな難題を持ち込まれた気がして不安にさいなまれる三人を尻目に、 歳子は『動物実験とは一味違いますぅ〜』と問題発言をしている。 しかし、今の問題は吹雪の髪キノコやひしぎの部屋のキノコや歳子の問題発言ではない。 キノコの毒にうっかり引っかかっている二人を元に戻す事だ。 「どうやったらは元に戻るの?」 時人のその問いに歳子はふふふっと意味ありげな笑みを浮かべる。 その迫力に全員身動きを止める。 たぶん、いや絶対何か企んでいる。白衣の天使が悪魔に変わった。 「方法は二種類あって、ジメしめじを使うのと手っ取り早いのがあるんです〜。」 指を二本立て、思いっきり勿体つけて歳子が少ずつ言葉を紡ぐ。 「歳子はどっちかって言うと手っ取り早いのが見たいですねぇ〜。」 「「「「……だから、何?」」」」 聞かないほうが良い事は皆分かっていたが、歳子の思わせぶりな仕草に聞かずにはいられない。 皆の不安げな顔を見まわすと歳子は意味ありげなウィンクをして続けた。 「キノコの魔法は二人が“きっす”をすれば解けるんです〜。 動物実験もしましたので確実ですよ。それに昔から眠っているお姫様を起こすのは 王子様のきっすですし、それには魔よけの意味もうんたらかんたら……」 「「「キノコを使う方で!!」」」 歳子が目を輝かせながら熱弁するのを最後まで聞かず 辰伶とほたる、そして歳世が慌てて立ちあがる。 やっぱり聞かなかったほうが良かった。 「そんなぁ〜歳子はに幸せになって欲しいのですよ〜!」 「あれはキノコの毒だろう?毒では幸せにはなれないぞ歳子。」 「あの二人が幸せに見えるかっ?!」 「…ゆんゆんじゃダメだね…。」 場の雰囲気を読めていない歳子の発言に焦りすら覚える。 さっきから誰かの視線がチクチク刺さる。 歳子にはこの痛みは届いていない様だ。 「えぇ〜」と渋っているところに時人が近づいてくる。 「……さっさとキノコを使う方のやり方を教えるんだね…。」 完全に目が据わっている。片手に凶器のカードを携えて歳子を脅す。 言葉はまだ優しい方だが黒い殺気がチクチクささる。 やっとその事に気づいた歳子が慌てて時人の問いに答える。 「はいっ!!ジメしめじの胞子を吸いこませればOKで〜す……。」 最後の方はだんだんと声が小さくなってゆく。 見た目は幼くてもさすが太四老。時人を見ているだけで嫌な汗が顔をつたう。 唯一の救いは時人が眼の仇にしているのは自分達ではなく遊庵と言う事だ。 しかし命知らずの歳子はまたも爆弾発言をしてしまった。 「で、でも時人様。もうすぐ終ると思いま〜す…。」 ほらっと歳子が指差した方向には今まで以上に良い雰囲気の二人が 相変わらずのライトの中今度は音楽のかわりに花を降らせて立っていた。 「お花が降ると…ふぃにっしゅまぢかで〜す…。」 淡い色の花びらの舞う中と遊庵はまた何やらもめている様で、 が何かを聞き出そうとじっと遊庵の顔を見上げていた。 それを見た時人は一時停止。 悪魔が離れたのを良い事に歳子はちゃっかり遠くの方へ避難していた。 時人と一緒に歳子の指差す方を見てしまった三人は逃げ出すチャンスを失ってしまった。 ――何故だろう…人がいっぱいのはずの境内は静寂に包まれている 時人の黒い影に気づいた者達はとっくの昔に神社から避難していた。 今ここにいるのはと遊庵のバカップルに逃げ遅れた三人と 遠距離から観察を続ける歳子、そして時人だけとなっていた。 ――だからだろうか、聞いてはいけない会話が聞こえてくるのは…… 「そういえば、ゆんゆんはさっき一体何をお願いしたの?」 「あぁ?そんなの言っちまったらつまんねーじゃねーか。」 「だってすっごく真剣にお願いしてたから…」 賽銭をあげるさい二人とも真面目に手を合わせて祈っていた。 遊庵は神を信じる方ではなさそうなのにっとは疑問に思ったのだ。 キノコの作用でいつもより三割増ぐらいうるんでいる瞳で遊庵を見上げる。 その仕草は「乙女」と題するに相応しい。 そんなの頭をポンっと叩くと遊庵は屈んでに目線を合わせる。 「そんなに聞きてーのか?」 は少し頬を染めて目を見開いてそれでもじっと遊庵の顔を見詰めている。 「うん、聞きたい。」 花びらがひらひらと舞い散る演出は見事な物だったが、 これは聞いてはいけない会話である。 「それじゃぁ特別に教えてやる。」 の頭に手を置いたまま遊庵が悪戯っぽく笑う。 ――これは危険信号だ!! 時人の殺気が頂点に達した。 前方の達を見据えたままカードを投げ付ける瞬間に辰伶とほたるが寸前で阻止する。 今の状態の時人ではカードが真っ直ぐ飛ぶどころかカードその物が暴走しかねない。 被害を被るのはバカップル二人だけで今日はもう十分だ。 二人が時人を押さえている間に歳世がジメしめじをすりこ木ですりつぶし始めた。 なぜか隣りに置いてあったのだが、たぶん歳子が持ってきたのだろう。 胞子だとか言っていたがもう時間が無い。 とりあえず粉末状になれば良しとした。 粉末状のしめじから顔を上げて急いで達を確認する。 そこには見た事もないような美しい光景。 花びらが幻想的に舞う中で頭に置いた手をスッと顎へ滑らせる。 を上に向かせる。 もう二人の距離は鼻が触れ合うほどに近づいている。 これがテレビのドラマなら許せるのだが知り合いとなると話は別。 ぽかんと口をあけて二人を眺めていた歳世の顔すれすれにカードが飛んでゆく。 どうやら二人は時人を取り押さえる事は諦めたらしく 後方からどんどんカードが飛んでくる。それどころか水飛沫や火の粉まで飛んでくる。 カードのおかげで今自分のおかれている状況を思い出した歳世は 意を決してすり鉢を手に取り、今にも触れ合いそうな二人に向かって思いきり投げ付けた。 歳世の怪力が生み出した力でぐんぐんスピードをあげてすり鉢が飛ぶ。 それが見事に遊庵の後頭部に命中。 「あっ……!!」 歳世は思わず声をあげてしまった。 ――自分はもしかしたら二人の後押しをしてしまったかもしれない… しかし、そう思ったのも束の間。 遊庵に当たったすり鉢はそのまま跳ね上がり時人のカードによって真っ二つに裂かれる。 それは中身を二人にぶちまけ二つの破片はそのまま落下し、 小気味良い音を立ててそれぞれ二人の頭を直撃。 『痛っ』という声は此方に届く事も無く、 その後に飛来した真っ赤な炎とそれを追いかける水龍によって掻き消されてしまった。 「……やった?」 「やった?ではない!!火事になるところだったんだぞ!!」 後ろの方でいつもと変わらない兄弟の会話を聞いていると歳世は疑問を感じた。 『…もしかして誰も見ていない??』 すり鉢の直撃を受けた遊庵はその反動で前に、そう丁度の方に動いたから もしかしてっと思ってしまったのだが歳世以外には誰も見ていないようだ。 一人首を捻っている歳世の横を時人が小走りで駆け抜け、 まだ砂煙の上がってる方へ近づいていく。 「〜?」 砂煙に向かって名前を呼ぶのはひたすらの方だがとりあえずそこには触れずに、 歳世も時人の方へ近づいて同じように砂煙に向かって声をかける。 「二人とも大丈夫か?」 反応はまだ無い。少し心配になってきたところで口論していた二人が駆けつける。 「……あれ、死んだ?」 「滅多な事を口にするなっ!」 「ちょっと、うるさいんだけど?」 緊張感の無いほたるに辰伶がまたしても説教を始める。 そんな二人にあきれて時人が仲裁に入る。 そこに突然風が吹きはじめた。 最初はそよぐ程度だったが徐々に渦を巻き突風となって砂煙を瞬時に吹き消した。 煙が晴れるとそこには膨れっ面のと腕を組んで怒っている様子の遊庵が立っていた。 「おいおい、どうして神社でびしょ濡れなんだ?」 「このカードは時人のでしょ?また何かしたの?」 自分たちの置かれている状況が分からず混乱しているのも一つの要因だが、 あたりにタロットカードが散乱し服には焦げ目があり 真冬にもかかわらずぐっしょり濡れている状況に訳もわからず理不尽に感じているらしい。 しかし四人は普段と変わらない仕草の二人に喜びを隠せない。 「「「「…元に戻った…!」」」」 「「…はぁ?」」 此方は怒っているのに向こうは拍手までして喜んでいる。 時人といえばに抱き付いて離れない。 濡れるからと押し退けようとするとむしろ強く抱きしめる。 「よかった、あの忌々しい記憶は無いみたいだね。」 「…え?」 “忌々しい”に妙なアクセントがつき遊庵の方を警戒しながら見ている。 そのあといくら時人に“忌々しい”の意味を尋ねても教えてはくれなかった。 当の遊庵はほたるをガクガク揺さぶって尋問中だった。 「螢惑、これはおめーの仕業だろっ!」 「……違う違う。」 「服に焦げ跡があるのに言い逃れするのかっ?」 「…炎が当たる場所にいたゆんゆんが悪い…。」 「遊庵様少し落ちついてください!」 最後には辰伶が止めに入る。 がそれは逆効果で今度は辰伶が遊庵に尋問される事になった。 「おい、辰伶。服が濡れてるのはおめーの仕業だな?」 「えぇ、申し訳ありません。ですが…」 「…ですが何だよ?」 「濡れる場所にいた遊庵様が悪い。」 「おまえらそろって同じ言い訳するとは見上げた根性だな…。」 横で言い争っている三人と前で遊庵を警戒している時人と呆然と突っ立っているを 見まわして歳世はやっとこの疲れる一日が終わった事を実感した。 そして、今日何も起こらなければ辰伶と二人で初詣の予定だった事を思い出した。 遠くでカラスの鳴き声が聞こえるのが妙に寂しげで… 未練たっぷりの自分が嫌で… それを紛らわすためにその場にいる全員に聞こえる様に声をはりあげた。 「ともかく、皆家に帰ろう……。」 今日一日だけで体力も精神力もすり減らす思いをしたために皆その言葉に従った。 ――しばらくキノコは見たくないな… 帰る時に辰伶、ほたる、時人、歳世は教訓として キノコには注意しないといけないという事を学んだ。 END |