「どうしました?」


   ひしぎは先程から何か言いたそうに背後から見ていたに言った。

   はびくっと肩を震わせた。

   気付かれていたことを恥ずかしく思い俯きながら、

   覗いていた隙間に手を差し入れて開き部屋に入った。


   「何か用ですか?」

   「…あの」

   「はい」

   「…一緒に城下へ買い物に行きませんか?」

   「かいもの…ですか?」


   ひしぎは目を見開いた。

   買い物などは侍女共のすることであって、

   ひしぎやなど壬生の貴族がすることではないからだ。


   「どうして買い物へ行きたいと思うのですか?」

   「それは…」


   は開きかけた口を閉じ、言い辛そうに黙った。

   そして、


   「…理由がなければ駄目ですか?」


   と、ひしぎに上目遣いで問い返した。
   

   「いっ、いえ。そういう訳ではありませんが」


   上目遣いで見られて思わずひしぎはたじろいでしまった。


   駄目な訳ではなかった。

   それどころか大歓迎だった。

   ひしぎはに好意を持っていたからだ。

   もちろんそれは「先々代の紅の王の一人娘」としてではなく、

   もっと深くもっと大きな好意である。


   「じゃあ…」

   「ええ。行きましょうか」


   の顔は蕾がゆっくりと咲き開くように笑顔になった。

   それがあまりにも可憐で愛らしくて、つられてひしぎも口元を緩ませた。


   その買い物がとても困難なものになるとは知らずに…。









黄昏の帰り道










   金の装飾があちこちに施されている壬生の城下町。

   時刻は昼過ぎ。

   街が一番騒ぎ栄える時。

   大勢の人が群がる中、人一倍…いや、

   十倍もしくはそれ以上もの視線を浴びている者二人。

   一人は黒の服に身を包む壬生が誇る太四老ひしぎ。

   その横を歩いているのが、先々代紅の王のある意味有名一人娘


   ひしぎはいつもの仏頂面で特にどの店も見ずに両腕を組み、

   すたすたとより早めの速度で歩いている。

   はひしぎに置いていかれないように足をせかせか動かしながら、

   首をしきりに動かして目線は周りの店を追っていた。


   その光景を町人達はものめずらしそうに見ていた。

   ある者は「貴重なツーショットだ」と言い、

   ある者は「まさかひしぎ様と様は…」と妙な期待を抱き、

   ある者は「また何か問題を起こすのではないか」とはらはらしていた。


   暫くしてがふと足を止めた。

   彼女の能力の一つである花の穏やかな香りも連れて留まった。


   「ひしぎ様」


   読んではみたもののひしぎは全く気がつかず歩き続ける。

   はひしぎの腕を引っ張って(半ばしがみ付く様にして)止めた。


   「どうしました?」

   「…ありました」


   腕にしがみ付いたままは店を指した。

   ひしぎはその指先にそって見た。

   其処にはなにやら人が大勢居る店が一つ。


   「あれが「壬生ミラクルミネラルわかめ」ですか?」

   「…たぶん」


   が指差した店には…なるほど、

   商品名が書かれた張り紙が天井から沢山吊るしてある。

   その中を店員が忙しそうに回り、

   客が商品を掴もうと同じ客である人の山の中に突っ込んでいく様が見える。

   此処は本当に吹雪の言った通りの昆布有名店らしい。


   「昆布は…」

   「あの中です」


   が荒れ狂う壬生の主婦達の山を見て言った。


   「他の店にもあるのでは?」

   「…いいえ。「壬生ミラクルミネラルわかめ」は此処にしかありません」

   「他の昆布で代理を…」

   「…吹雪さまが、あのわかめを買って来ないと栄養失調で死ぬと言っていました」


   (んな訳ねーだろ。たかがわかめで!)

   と、ひしぎは思ったが心の中だけで言っておいた。

   ふぅっと重い溜め息を吐いて額に手を当てる。


   「…

   「…はい」

   「吹雪には今回は品切れだったということに…」

   「…ひしぎ様。今晩のお味噌汁を具無しにするおつもりですか?」

   「…具無し」


   これはひしぎにも効いた。

   具無しの味噌汁ほどそれ一品で晩飯を台無しにしてしまう物はない。


   「…ひしぎ様。壬生の主婦も人の子です。大丈夫ですよ」

   「そう…ですね」


   もはや人ではなく獣と化した壬生の主婦を見て、

   ひしぎは懸命に「あれは人だ!」と思おうとした。


   「壬生の主婦も人の子。はい。言ってみて下さい」

   「…みっ、壬生の主婦も人の子」

   「もう一度」

   「…壬生の主婦も人の子」

   「これで大丈夫ですひしぎ様。獣の山に突入します」


   (やっぱり獣か…)

   何処か心で納得したようないまいちすっきりしないようなで、

   ひしぎは獣…みたいな人の子である壬生の主婦の山に突入していった。

   「壬生ミラクルミネラルわかめ」を求めて…。







   □







   「…次は純和風大豆使用醤油「やっぱ壬生でっ醤油!」です」

   「…

   「…はい?」

   「よく獣から昆布を奪えましたね」


   ぜえはあと荒い息継ぎをしながらひしぎは言った。

   それに比べての方は息一つの乱れすら無い。


   獣の山は予想以上に激しかった。

   主婦達は完全に獣化していたからだ。

   ひしぎが突入すると即タイムサービスになって、

   獣はますます理性を失い猛獣と化した。

   その勢いに負け、結局ひしぎは一つも取れずに終わったのだが、

   何故かがわかめを手にしており、

   無事に今晩の味噌汁のおいしさを守った。


   「…店長がくれました」

   「店長が?」

   「またいつでも来て下さいねって」


   そうなのだ。

   ひしぎが突入していった後、も追おうと足を踏み出した直後、

   を見つけた店長が寄って来て特別にわかめを売ってくれたのだ。

   しかも、タイムサービスよりも数倍安い値段で。

   初めは丁重にお断りしただったが、

   店長は笑って無理やりの手にわかめを持たせて、

   上機嫌で店に引っ込んだ。

   その奥からは妻であろう女が駄目夫を叱る声が聞こえた。


   の人気に年齢など関係ない。


   (…流石は「三日で壬生を支配出来る姫」)


   これは前回の太四老会議で出たの通称である。

   武力でなら紅の王率いる九曜が壁となり支配なんて出来やしないが、

   となれば話は別だ。

   ただでさえ九曜はに甘いのだから。

   それは壬生の外も同じ。

   皆、を好いている。


   「ひしぎ様。次行きましょう」

   「次は何ですか?」

   「純和風大豆使用醤油「やっぱ壬生でっ醤油!」を買いに行きます」

   「…誰のリクエストですかそれは?」

   「これは…辰伶のです」

   「どうしてもそれと?」

   「…はい。これで食さないと壬生一族じゃないんだそうです」


   (師弟揃って馬鹿だ…)


   「それは何処に?」

   「あちらにあります」

   「…うっ」


   思わず目を覆いたくなるほど人がわんさかいる店。

   その看板にはしっかりと「純和風大豆使用醤油「やっぱ壬生でっ醤油!」」

   と、記されている。


   「…

   「はい?」

   「辰伶には売れきれだったということに…」

   「…ひしぎ様。今晩の冷奴を醤油無しにするおつもりですか?」

   「…醤油無し」


   これはひしぎにも効いた。

   醤油無しの冷奴ほど味気ない物はない。


   「…ひしぎ様。壬生の主婦も人の子です。大丈夫ですよ」

   「そう…ですね」


   再びひしぎは突入していった。

   そして、買い物に付き合うことを承諾したことを少し後悔した。







   □







   「…終わりです」

   「そ…うですか」


   ひしぎはすっかり乱れてしまった息を胸に手を当て整えた。


   彼との手にはしっかりと商品が入った袋が握られており、

   それは吹雪のリクエスト「壬生ミラクルミネラルわかめ」から始まり、

   辰伶のリクエスト「純和風大豆使用醤油「やっぱ壬生でっ醤油!」、

   時人のリクエスト「異国菓子ぷるぷるぷりん」、

   螢惑のリクエスト「生で噛り付きたくなる壬生スーパーわさび」、

   歳子・歳世のリクエスト「口元鮮やか壬生女性堂印口紅」、

   遊庵のリクエスト「本場壬生竹林直産たけとんぼたけのこ」、

   太白のリクエスト「ザ・白米!壬生最高米〜壬生ラブ〜使用」、

   鎮明のリクエスト「真っ黒黒海苔〜ブラック壬生〜」と、

   どれもこれも連日長蛇の列が出来る超有名店だった。


   全てを買い揃えるのに五時間も費やしてしまい、

   城下に着いた時は昼だったのに、

   いつのまにか陽は傾き夕暮れ時になってしまっていた。

   疲れきった足に鞭を打ち陰陽殿に向かう。


   二人とも何も喋らずに足を動かした。

   ふと、ひしぎはまた思う。


   どうしては自分なんかを誘ったのだろうか?

   別に自分ではなくても他でもいいはずだ。

   九曜の全員はに自分と同様に好意を持っているのだから、

   誘う相手に困ることはない。

   その中でどうしてわざわざ部屋が遠い自分の処まで来たのか?


   これは想像…いや願望に過ぎないが、

   もしかしては自分に好意を持っていてくれるのでは?


   そんな願いがひしぎの心に広がった。



   「

   「…はい」

   「先も聞きましたが、どうして自分から買い物に行こうとしたのですか?

   こんなことあなたがやらなくても侍女に任せておけばいいでしょう?」

   「………」


   はまた言い難いそうに黙った。

   すると、


   「…あ」


   顔を上げて空を見た。

   ひしぎも同じように上を見た。


   遠くに微かに青さを残した黄昏の空があった。

   雲が薄く横に延びてゆったりと流れていく。

   それは言葉を失うくらい美しかった。


   「…こっ、これ。この空を見たかったから」

   「…この空を?」

   「侍女の買い物を無理を言って引き受けて口実にしました」


   ごめんなさいとは頭を下げた。


   「いや。誤ることはないですよ。むしろ、お礼を言いたいくらいです」


   城下でこんな綺麗な風景を見れるとは思いもしなかった。

   きっと陰陽殿に居ただけじゃわからなかっただろう。

   彼女がよく抜け出す理由がわかったような気がした。


   が、しかし何故かすっきりしないのは何故だろうか?

   がまだ何か隠しているように俯いているから?


   …考えすぎだろう。

   は今ちゃんと答えてくれたのだから。

   そうに決まっている。

   こんな願いに似た期待など持ってはいけない。



   「ありがとう…。とても綺麗です」

   「…どういたしまして」

   「…本当に綺麗ですね」

   「………」

   「?」



   はなお俯いたままで唇を噛んだ。

   その面持ちは夕焼けのせいだけではなく、

   ほんのり赤みを帯びているような…?


   「どうしました?」

   「あ、あの…ひしぎ様」

   「はい」

   「…違うんです。本当は違うんです。

   空を見せたかっただけじゃないんです」

   「では…どうして?」

   「…本当は」


   小さい――本当に微かな声では言った。


   「…ひしぎ様と二人で会いたかったから」

   「え?」


   それはとても信じられないほど嬉しい言葉だった。


   「…そろそろ帰りましょうか?」


   そう言って赤らんだ顔を隠してさっさと前を歩いていく。




   ―これは自惚れてもいいのだろうか?

   ―期待してもいいのだろうか?


   ―が自分と同じように、

   ―他の者とは違う好意を自分に持ってくれていると…




   「待ってください

   「…ひしぎ様?」


   腕を掴み引き止めた顔はやはり赤く色付いていて、

   とても可愛らしく思えた。


   「その…」

   「…はい」

   「まだ帰るには少し早いので…」

   「………」

   「…寄り道して帰りませんか?」



   ―少しでも貴女と長くいたい。

   ―これは私の我が侭だけれど…



   「…はい!」



   の嬉しそうな顔を見ると、

   我が侭も偶には良い物かもしれないなどと思ってしまった。









   恥ずかしそうに…でも嬉しそうに微笑むと、

   黄昏の中、隣で手を繋いでいられる幸せ。




   今、私の顔が赤いのは夕焼けのせいだけではないでしょう。







+ 555Hit リクエスト夢 +

未花ちゃんひしぎ夢ありがとうございますvv
うにゃ、ひしぎさんかわいい!!
いいですね、お買い物!ビバお買い物!!(壊)
無理言ってひしぎさんの夢で甘くギャグで!!
という訳分からんリクに答えてくれました。
さすがですv具無しですか〜(笑)
ありがとうございます!